サーキットから始まった永遠のビルシュタイン伝説

ビルシュタイン社は、ドイツ・デュッセルドルフから車で約1時間ほど離れた静かな山間の街、エナペタルにあり、「オーガスト・ビルシュタイン・シュトラッセ」と街の通りにもその名前が与えられるほどの古い歴史を持っています。

1954年、創設者オーガスト・ビルシュタインの息子ハンス・ビルシュタインは、フランスのド・カルボン博士の考案したガス封入式ダンパーの原理を数々の開発実験を経て実用製品化に成功。1957年、実用化されたガス封入式単筒ダンパーはメルセデス・ベンツに採用され、その高性能に対する評価を不動のものとしていったのです。

また、ビルシュタインとモータースポーツの関わりは1960年代より始まり、他社に比べてスタートが遅かったのは、油圧式テレスコピックダンパー(※1)の普及そのものが大戦後にあり、その短所を改良したものがビルシュタイン・ガス封入式単筒ダンパーだったからです。

(※1)1950年代頃までは、油圧式ではあっても、ピストンが左右に動くアーム式ダンパーなどがスポーツカーの常識とされていた。

記念すべきビルシュタインの最初の成功、それは1967年、ニュルブルクリンクのADAC1.000Kmに、ビルシュタイン装着のポルシェ910及び、907(2リッター6気筒、または2.2リッター8気筒エンジン搭載)が排気量無制限のマシンを向こうにまわしレースを制覇したことに始まります。 しかしその出来事は、数え切れぬほどの勝利へのほんの序章にすぎませんでした。

以来ポルシェワークスと共にレース界を席巻し続け、ポルシェのレーシングヒストリーそのものがビルシュタインの輝かしい歴史にもなっていきました。

ビルシュタインの性能の高さは世界ラリー選手権でも圧倒的な性能差を発揮、それは世界一過酷なル・マン24時間耐久レースでの数十年に渡る成功としても証明されています。 また、2年連続でF-1ワールドチャンピオンに輝いたアラン・プロストがドライブしていたマクラーレンの脚を支えていたのもビルシュタイン。 以来、世界中のトップカテゴリーでの活躍には目覚しいものがあり、アメリカではNASCARにおいての圧倒的な支持を得て、他を寄せ付けない数々の勝利もその歴史に刻み込んできました。

これらの数え切れない勝利と成功は、ノウハウとなってレーシングダンパーの性能を飛躍的に高め、そこから得られたデータは市販車へと展開されていきます。 世界の自動車メーカーが高性能車のパートナーとしてビルシュタインを選択する理由は、その圧倒的に優れた性能に他ならないのです。

世界の自動車メーカーがトップモデルのダンパーとしてビルシュタインを選ぶ事は今や常識で、ポルシェ、メルセデス・ベンツ、フェラーリなどを筆頭に、日本国内においてもその高性能を手にする(いや、脚にする)自動車メーカーは後を絶ちません。 トヨタ・スープラ、MR2、日産・フェアレディZ、スカイライン、スバル・レガシィ、マツダ・RX-7、ロードスター、三菱・ランサーエヴォリューションなど、それら全ての車が各自動車メーカーを代表するフラッグシップカーであり、またスポーツカーであることからも、ビルシュタインがいかにスポーツ性に優れ、また同時に信頼と耐久性に、そして乗り心地においても卓越したプロダクトであることが理解いただけるでしょう。 他の追随を許さない性能と品質、半世紀に渡るノウハウの蓄積、さらに今でもその先を見つめ続ける姿勢は、終わる事のないビルシュタインの歴史としてこれからも刻み込まれていくはずです。

 



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